2008年10月14日火曜日

伊藤忠で1,000億円規模の架空取引(その2)

営業担当者として、売掛金の回収が滞ったとき何を思うか。ヤバイっ、と思うのでしょうね。回収できなきゃ損失になるわけですから、そりゃ当たり前。で、そこでその現実をどう処理するか。その処理方法の選択。そこにそれぞれの経験や人間性が出てくるのはないでしょうか。

実は、選択肢は二つしかありません。正直に上司に言って善後策を練るか、隠すかのどちらかです。で、この人は隠すほうを選んでしまったんですね。隠すとろくなことはない、というのは普通の発想で、人間追い込まれるととんでもないことをやってしまうものです。それでも、職場の環境や雰囲気に、隠すとろくなことはない、と思わせるものがあれば、また違った選択となっていたかもしれません。少なくとも、この担当者は、事実がばれたときの恐怖感が、隠すとろくなことはない、という発想を上回ってしまった、そういうことなのだろうと思います。

いっぺん隠しはじめると、だいたいは足抜けできなくなってしまうものです。そして麻痺してゆくのです。見つからなければ永遠にやり続けたことでしょう。それは人間心理として仕方がないと思います。やはり、最初の入り口。損失額が大したことがない段階で、隠すとろくなことがない、と思わせる雰囲気や仕組みが会社にあるか。内部統制の本質はそういうところにあるのですが、最近の議論は、なんとなく枝葉末節にこだわりすぎているような気がします。

それでは、これがなぜ防げなかったのか、8年間も発覚しなかったのか。それを検討してみたいと思います。

伊藤忠の公表資料によれば、この三国間取引は、1999年度からスタートし、2000年度になると、得意先(A社グループ)からの支払いが困難になった、とあります。2000年度の当該取引による売上高は530百万円で、翌2001年度は1,951百万円、2002年度は2,922百万円、2003年度は5,541百万円と、すごいスピードで増加しています。

これだけのことで、もういくつかの疑問が湧きます。まず、1999年に始まった取引が、2000年にはもう回収が困難になっているという点です。普通、こんなことはありません。取引を始めて1年以内ですよ1年以内。この会社の与信管理はどうなっているんでしょう。とりわけ、新規得意先の与信調査は、継続案件よりも厳密に行うはずです。当初の計画はどうだったのかわかりませんが、最終的には年間10,000百万円規模の取引になっているんです。与信枠を増やすたびに検討を加えているはずです。

そうすると、A社グループの財務諸表及び与信情報が、当初から改竄されていたとしか考えられません。つまり、このA社グループの信用状況が、取引開始の当初から思わしくない状況だったということです。情報の改竄をやられてしまうと、おそらく与信管理の仕組みでは引っかからないでしょう。その改竄はだれがやったか?担当課長はそのことを知らなかったのか?

それから、このような新規取引に当たっては、通常、取引のスキームや数字の見込みを計画案として作成し、承認を得るような形を取るはずです。取引額の急激な伸びは、計画時点ではどうだったのでしょうか?公表資料では、担当課長から虚偽の説明を受け、取引が順調に推移しているものと誤認したとあります。信頼している部下であれば、これは仕方がないかもしれませんね。。。

次は、その、回収が滞った売掛金の入金をどのように糊塗するか?ですが、この点、伊藤忠の公表資料では、「当社が本仕入先へ本商品の売買代金として支払った金銭は、A社グループへ迂回され、本商品の売買代金の支払いを含むA社グループの資金繰りに充当されていたと思われます。」とあります。
簡単に言えば、売掛金の支払原資を貸し付けた、ということです。会社にばれないように貸し付けるには、売掛金の入金としてキャッシュの移動が生じる必要があるので、一旦こちらから送金して、それを支払わせる必要があります。実際にはL/Cを使っていたようですが、意味は同じです。

そこでまた疑問が沸き起こります。仕入先から資金を迂回させていたということは、仕入先に事情を話して協力してもらわなくてはなりません。そして、そういう協力を仰ぐ仕入先は極力少なくしたい。できれば一つだけにしたいところでしょう。それに、貿易なのですから、正式なContractまたはPurchase Orderに基づいてShippig ListとInvoiceを作成してもらって、さらにB/Lを作成してもらう必要があります。そうしないと、A社グループは伊藤忠に対するL/Cを開設できないでしょう。

ちょっと思いつくだけでも、これだけのことを仕入先にやってもらわなくてはならないのです。もしそうだとしたら、おそらく仕入先に対しても手数料を支払っていたものと思われます。まあ、仕入先の口銭が手数料ということになるのでしょうから、実際には出荷していない仕入先は文句を言わないでしょうけど。

この点、公表資料では、書類は全部揃っていたからわからなかった、とあります。ただし、そこに列挙されている証憑類は、すべて買い手が作成するもので、仕入先が作成するものが見当たりません(ここで言う「請求書」は、仕入先からの請求書か、A社グループへの請求書の控なのか不明です)。三国間取引では、仕入先が作成したB/Lをの写しを商社にも回すのが普通で(原本は貨物受取人へ回付)、これを貨物受け取り後に買い手から入手する証憑と突き合わせるのが常識ですが、公表資料では、支払側の証憑をどのようにチェックしていたのかが、今ひとつ判然としません。もっとも、陸送が同一国内(仕入先もモンゴル国内)の場合、B/Lの作成は必要がないかもしれませんが。

もう一つハードルがあります。仕入先に支払った金銭を、どういう名目でA社グループに送金してもらうか、です。このことについては、公表資料では一切説明がなく、「迂回され」としか書かれていません。仕入先とA社グループとの間には、現物を納品するという以外の取引関係はありませんので、そう簡単には送金するわけにはいかないと思うのですが。。。そうか仕入先では書類だけ作って、売上を計上しなければ、伊藤忠からの送金は丸々裏金になりますね。。。通常の決済口座とはべつに隠し口座を作ってもらってそこへ送金すれば。。。

こうしてみると、この不正を実行するのは、かなり高いハードルをクリアしなければならないことがわかると思います。私なんかは、もうそれだけで、正直に訳を話して損切りするか融資に切り替えるか、上司に決断させますけど。そうしないと、自分の首が飛びかねませんよね。この課長に何があったのでしょうね。

次回は、監査的な視点で見てみようかと思います。

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